日本民俗学会倫理綱領および倫理綱領にもとづく調査・研究の指針(2009年10月3日 / 2022年10月30日)
日本民俗学会倫理綱領(2009年10月3日 / 2022年10月30日)
[倫理綱領策定の趣旨と目的]
日本民俗学会は、将来にわたって人類文化の究明と豊かな文化創造に寄与し、社会からの信頼に応えるために、会員の研究を中心とした学会活動において遵守すべき規範を定め、ここに「日本民俗学会倫理綱領」として制定する。日本民俗学会会員は本綱領を十分に理解し、常に遵守しなければならない。また、民俗学の教育・指導に携わる会員は、学習者に対しても本綱領の内容を十分に伝え、注意を促さなければならない。
第1条[公正と信頼の確保]
学術研究のすべての領域において、その自律性は社会からの信頼と負託の上に成り立つことを自覚する必要がある。民俗学の研究・教育・学会活動ならびにさまざまな公的審査においては、公正を維持するとともに行動の説明責任を果たし、社会からの負託に応え、信頼を損なわないように努めなければならない。
また、学会員は研究の公益性と社会的責任について自覚し、研究を公表して社会へ還元しなければならない。
第2条[研究・教育活動の倫理的妥当性]
民俗学は人間そのものを対象としているため、研究・教育・学会活動などにおいては、その社会的影響とともに倫理的妥当性について配慮しなければならない。
特に現地調査においては、研究の方法、内容、成果公表のいずれもが調査対象者および当該社会との合意にもとづき行われるよう十分配慮すべきである。
また、公的研究資金の使用に際しては、常に適正に使用するよう心がけなければならない。さらに、活動のあらゆる場面において、法令や関係法規を遵守しなければならない。
第3条[知的財産権の保護]
研究・教育においては、知的財産権制度を踏まえ、自らの研究がもつ独自性を守るとともに、常に他の知的財産権を保護しなければならない。著作権の侵害、論文等の剽窃、盗用などは許されない。また、聞き書きにおける言説をそのまま記すような場合や、話者による手記を利用する場合においても、この点に留意しなければならない。
学会運営においては、個人の知的財産権を保護しなければならない。
第4条[人権・プライバシー・個人情報の保護]
研究・教育・学会活動などにおいては、人権の尊重に努めるとともに、個人情報の取り扱いや肖像権の保護についても、法令の定めにしたがって慎重に対応しなければならない。
現地調査を学問の存立基盤におく民俗学においては、現地調査における話者や当該社会が、研究者による資料の公開、論文等による著述によって、不当な不利益を被ったり、プライバシーや肖像権を侵害されることがないように努めなければならない。
第5条[差別とハラスメントの排除]
研究・教育・学会活動など、いかなる場所・場合においても、民族・性別および性的指向・年齢・思想信条・出自・宗教・地位・職業・障害の有無・家族状況などによって、個人や団体等を差別ならびに威圧してはならない。また、セクシャルハラスメント、アカデミックハラスメント、パワーハラスメントなど、種々のハラスメントにあたる行為も厳に慎まなければならない。
第6条[誹謗中傷の排除]
研究・教育・学会活動などにおいて、いわれなき誹謗中傷は排除されなければならない。特に社会的影響が大きい学会が発刊する印刷物や、Web等の編集や管理を担当する者は、この点を最大限に考慮しなければならない。
第7条[学会員の義務と責任]
日本民俗学会員は、本倫理綱領の内容を遵守し、学会運営に関して義務と責任を果たさなければならない。
附則
- (1)日本民俗学会は、民俗学の調査・研究・教育における倫理に関わる事項について審議することを目的として「日本民俗学会倫理委員会」をおく。なお倫理委員会設置規定は別に定める。
- (2)本学会員が本倫理綱領に定める内容に反して、研究者としての倫理的妥当性を逸脱した場合は、倫理委員会および理事会の審議により、会長は当該会員を処分することができるものとする。処分の内容は、厳重注意、一定期間の学会活動停止、除名の3種とする。なお、処分が除名の場合は、総会の議を経るものとする。
- (3)本倫理綱領は2022年10月30日より施行する。
- (4)本倫理綱領の変更は、倫理委員会、理事会、および総会の議を経るものとする。
倫理綱領にもとづく調査・研究の指針(2009年10月3日 / 2022年10月30日)
[指針の趣旨と目的]
学術研究の諸分野において、昨今はデータの捏造・研究費の不正使用・著作権侵害などの問題が多発している。こうした現状に加え、現地調査、特に人を直接に対象とした調査に研究の基盤をおく民俗学の学問的特質から、これまでも「調査地被害」という表現で、現地調査の場での行き過ぎた行動、あるいは信頼感を喪失させるような行為があることも指摘されてきたが、これらはある意味で調査地の人びとに対する人権にかかわる問題としても理解できよう。特に、近年の人権意識の高まりの中で、調査地はもちろんのこと、学問の場においても同様であることを、学会員は常に配慮する必要がある。
さらに、調査・研究、あるいは教育の現場における人権侵害はいうまでもなく、種々の不正や倫理観の欠如は、社会からの負託に応えることで成り立っている学問領域としての民俗学の今後の存立を阻害し、民俗学の進展と学会員の研究活動の障害となることはいうまでもない。
このような課題に対処するために、日本民俗学会は2009年10月に「日本民俗学会倫理綱領」を策定した。本指針は、同綱領に記された内容にもとづいて、日本民俗学会の会員が調査・研究・教育・社会活動全般において心がけるべき基本理念と姿勢について具体的に例示するものである。学会員は本指針を熟読され、十分に活用されんことを願う。
1、調査において留意すべき事項
(1)調査対象者と調査地に対する配慮について
調査にあたっては、常に調査対象者(以下「話者」と称す)、および調査地の立場に立って進める必要がある。調査において話者から種々の情報を得る場合は、その収集方法がいかなる場合においても、話者に対して事前に調査の目的、得られた情報の利用方法、具体的な公開の方法、個人情報の管理方法等について説明し、同意を得る必要がある。説明の結果、話者から調査の協力を断られた場合は、必要以上に無理強いすることがないように話者の意向を最大限尊重すべきである。
2005年4月に「個人情報保護法」が施行され、さらに2022年4月には「改正個人情報保護法」の施行により、個人の権利利益の保護が強化された。民俗調査においては、多くの場合個人情報を対象とするがゆえに、その扱い方に対しては細心の注意を払う必要がある。特に調査報告の記述においては、本法律を遵守して話者の個人情報の保護に努めなければならない。
(2)調査結果の公開について
調査の結果は、原則として何らかの形で話者および調査地に還元されなければならない。調査結果の公開は調査者の社会的責任において、適切に行われる必要がある。その際は、調査結果を公開することによって話者や調査地が著しい損害を被ることがないように十分に配慮する必要がある。
調査によって得られたデータは公正に取り扱わなければならない。特に偽造・捏造・改竄などは決して行ってはならない。このような行為は話者および調査地に対する背信行為であることを自覚すべきである。また調査において得られた情報は、調査終了後も厳正に管理する必要がある。
調査者は、話者に対して自己本位に接したり、自説を強要して話者の心象を害したりすることがないように努めなければならない。また調査者は、調査にあたっては常に真摯な態度で臨み、調査地や話者に対して誠実な対応を心がける必要がある。
(3)海外において調査を行う場合の留意点について
海外において調査を実施する場合は、何よりも当該国家の法を遵守するように努めなければならない。また当該地域の慣習にも十分配慮し、調査対象地本位の姿勢で調査に臨まなければならない。
2、研究成果の公表において留意すべき事項
(1)著作権に関する留意点について
データの偽造・捏造・改竄などは研究におけるもっとも慎むべき行為であるが、昨今の研究界においては、それに加えて「著作権」をめぐる諸問題が重要課題とされている。「剽窃」は、学問界はもとより文学の世界においてももっとも問題視すべき倫理の対象である。研究成果の公表にあたっては、常に「著作権」の問題に配慮する必要がある。たとえば先行研究を引用する場合、注記などで原典について詳細を明記することは常識だが、その表記方法如何によって原典が曖昧になったり、書籍名までは表記されてもその中のどの論考からの引用なのかについて明示されないことがある。このような例は、対象が論集やテキストなどの場合に特に多い。煩雑さを避けるために、注記や参考文献の表記を簡略化するからである。多少煩雑になったとしても、注記や参考文献に関しては正確かつ詳細な記述を心がける必要がある。またWeb等からの引用においても、必ず出典を明記しなければならない。
(2)映像・写真資料等の取り扱いについて
映像や写真資料は、著作権のみならず、肖像権の問題も孕んでいるので、その取り扱いには特に留意する必要がある。調査地で借用した映像・写真等を利用する場合は、それらを使用することの承諾を得ることは当然である。また、他人が撮影した映像・写真資料、および他人が作成した図表・絵画資料、あるいは既刊行物に掲載された映像・写真等を使用する場合は、必ず著作権者の了解を得て、著作権や肖像権の侵害にならないように努めなければならない。なお、Web上に掲載された映像・写真等に関しては、著作権者の了解なく勝手に利用することがないように、特に留意する必要がある。
(3)オリジナリティーの尊重について
研究成果の公表については、文章であれ口頭であれ、未発表の内容に限るというのが大原則である。既発表のものを焼きなおして口頭発表したり、ほとんど同一内容の論文を異なった複数の雑誌等に投稿する、いわゆる「二重投稿」はルール違反であることを自覚すべきである。特に発表内容がすでに雑誌等で公開されている場合の口頭発表は、厳に慎まなければならない。
(4)査読内容の尊重について
学会機関誌への投稿論文において、査読者は執筆者の研究の意図を十分理解するように努め、執筆者の立場に立って査読をしなければならない。また査読者が執筆者に訂正等の指示を行った場合は、執筆者は原則としてその指示に対して誠実に応える必要がある。
(5)書評に関する留意点について
学会誌等において書評を執筆する場合は、基本的には対象書籍の執筆者の意図を十分に尊重する必要がある。ただし、執筆者と書評者はいずれも研究者として自らの学問に対して謙虚であることと、自らとは異なった見解や解釈も受け入れられるような寛大な精神が求められることを自覚すべきである。
3、公的研究資金の使用において留意すべき事項
(1)研究資金の適切な支出について
科学研究費補助金を中心とした公的研究資金の使用に際しては、常に適正に使用するように心がけなければならない。調査・研究に必要な使途以外に不正使用することや、不正操作は慎まなければならない。
(2)研究成果の公表について
調査の成果は、調査者の社会的責任において適切に行わなければならないことは当然であるが、特に公的研究資金を受けた場合は、期限内に必ず研究成果を公表できるように心がける必要がある。当該研究が共同研究の場合、特に研究代表者は、共同研究メンバーが不利益を被らないように常に留意し、成果公開に向けて努力することが求められる。
4、ハラスメントにおいて留意すべき事項
(1)教育・研究におけるハラスメントについて
教育現場や学会活動において、セクシャルハラスメント・アカデミックハラスメント・パワーハラスメントなどは基本的な人権にかかわる重要事項であることを自覚し、ハラスメントにあたる行為は厳に慎むように心がけなければならない。特に教育現場においてはもちろん、その他のあらゆる場面においても、教員や先輩が後進の指導にあたる場合、自らの考えや価値観を押しつけたり、私的な感情が入り込むことがないように努める必要がある。調査等に関しては、厳しい指導にかこつけてパワーハラスメントが起こりやすい環境にあるので、十分な注意が必要である。
(2)相談窓口としての日本民俗学会倫理委員会について
ハラスメントに限らず、倫理に関するすべての問題に関しての相談窓口として、日本民俗学会は「倫理委員会」を設置している。調査や執筆をはじめ、あらゆる学会活動において、日本民俗学会員の倫理綱領に反する行為があった場合は、本倫理委員会に相談されたい。倫理委員会では相談を受けるにあたり、常にプライバシーを尊重し、守秘義務を遵守して誠実に対応しなければならない。
5、学会活動において留意すべき事項
(1)会員としての活動について
日本民俗学会の会員は、立場に関わらず、常に積極的に学会活動に参加されたい。なお日本民俗学会では定期的に評議員選挙を行っており、学会員全員が選挙権を有している。評議員選挙では棄権せずに、必ず投票するように心がけるべきである。
(2)学会誌への投稿や研究発表について
学会誌への投稿に関しては、「投稿規程・執筆要領」に従って積極的に投稿されたい。また年次研究大会等においても、会員の積極的な発表および参加を希望する。なお研究発表においては、学会直前のキャンセルは慎むべきである。学会の運営者の迷惑になるのみならず、本学会の品位を落とすことにも繋がりかねないため、会員の責任ある態度が求められる。
6、社会活動において留意すべき事項
研究者の社会貢献がもとめられるなかで、行政機関・マスメディア・市民活動等の分野において、活動する機会が増加している。研究者・専門家としての発言は、調査・研究に基づいて行い、その発言には責任を負う必要がある。
附則
(1)本指針は2022年10月30日より施行する。
(2)本指針を変更・改訂する場合は、倫理委員会、理事会、および総会の議を経るものとする。