第853回談話会(2010年11月14日=民俗学研究とデータベース)
※『日本民俗学』265号より転載しました。引用等につきましては「日本民俗学会ウェブサイトご利用上の注意」をご確認ください。
地域資料館における民具映像データベース化の取組 ―管理・提供者としての課題を中心に―
吉留徹
現在、民俗系資料館等施設、さらにはそこに収蔵されている民具資料(民俗資料)を取り巻く環境は、館の閉鎖や統合、それに伴う人員削減、資料廃棄等々非常に劣悪な状況となっているのは、多くの地域資料館・博物館に携わる者にとっては周知の事実であろう。
各資料は保存設備が整備された収蔵施設に置かれることなく、倉庫や屋外に置かれてそのまま放置されている場合が多く、経年劣化が進み、廃棄されるのを待つという末期的状況といっても過言でない。特に平成の市町村合併以後、資料の死蔵化(資料整理もままならず、放置されている状態)が進んでいる感は否めない。
今回取り上げる事例は、平成17年(2005)2月に山口県下関市に合併した豊北町歴史民俗資料館(現:下関市立豊北歴史民俗資料館)【土井ケ浜遺跡・人類学ミュージアム】において平成9年(1997)より実施した文部省委嘱事業である「イコノテク・プロジェクト」の取組を通して見えてきたデータベース構築の問題点を合併以前の取組から合併以後の現在までの経緯を検証し、今後の課題を展望したい。
豊北町歴史民俗資料館は、昭和54年(1979)山口県指定文化財である旧滝部小学校を利用した郷土資料館として開館した。所蔵資料は、町史編纂時期(昭和45年頃)および資料館開館時期に豊北町内の住民自身の手によって収集されてきた郷土(豊北町)に関する歴史資料、絵画、写真、図書、考古資料、民具(民俗)資料といった様々な分野にまたがった、総数約50,000点といわれる資料である。そのほとんどが台帳はあるが「モノ」と照合できない、未整理の状態であった。
このような状況のなか、「イコノテク・プロジェクト」として民具資料の資料整理をおこなった。イコノテクとは、イコン「画像」とテケ「倉庫」の複合造成語であり、「イコノテク・プロジェクト」は地域ボランティアを中心に、実物資料(一次資料)と映像資料(二次資料:3D映像・MOVIE)、さらにはこれらの道具類が使われる環境、歴史背景などの情報を一体化した、従来の「静止した情報」から「動く情報」を組み入れた、民具資料の3Dデジタル映像を中心に画像・テキスト・音声の統合型データベースの構築を目指した。さらには、これらの情報を地方からインターネット等で発信し、他の社会教育施設相互、都市部との情報の共有化を図るというものであった。しかしながら、開発当時の豊北地域ではIT等の情報インフラが整備されておらず、また映像データの容量も多く、発信そのものもうまく機能しなかった。
また、現状のデータベースも館完結型となっており、データベースの重要機能でもある資料の共有化、さらには資料のinteractive化にあたっては、多くの課題を有している。民具の名称(標準名)・分類の基準など各館が独自で設定している資料データをいかに共有化し、双方向的に閲覧、資料提供ができるような共有化のシステムが作られるかという問題がある。さらにはインターネット上での資料公開の問題、個人情報の管理や情報そのもののセキュリティーの問題をどのように解決していくかという問題がある。
データ作成および管理面も重要な課題の一つである。ハード面では、一度作成したデータベースシステムは、財政的な問題等で、その変更(改良)が非常に難しい。また映像技術やPC機器類の加速度的な進展のなかで、昔のシステムでは「時代おくれ」になってしまうという実状がある。またソフト面でも、主要な情報である「テキスト」データの作成に関わる情報提供者(伝承者)の問題があげられる。それは民具を実際に「使う」人から「見る」人へ世代が変化していることである。10年前までは、まだ使った人からのデータが少ないながらも聞くことができたが、今では「見る」世代になっており、「モノ」に関わる詳細な情報の入手が難しくなってきている。さらには伝承者が有する情報そのものが、地域独自の情報から、様々な情報媒体を通した、均質化した情報への変化が見られることである。
以上のような多くの課題を有しているが、現実的に資料保有スペースの限界、あるいは現行の保存保護が十分に機能しないなかで、経年劣化等資料そのものの危機的状況があるなかで、多くの資料群を映像化し、資料がもつ「モノ」情報を蓄積し、次世代に継承するための映像データベースの有効性は指摘できよう。
そのためには、まずはデータベースの資料作成に関わる人の確保が最重要課題であろう。高齢化・過疎化が進むなかで地域ボランティアをはじめ学芸員、事務職員等々の継続した確保をいかにおこなうのか。財政的な面も含め、いかに継続化しておこなうのか、このハードルを乗り越えない限り、多くの資料を次には伝えることさえままならない。
国際日本文化研究センター『怪異・妖怪伝承データベース』のこと
中山和久
本発表は、民俗学における事例データベースとしては日本で初めて公開されたと考えられる『怪異・妖怪伝承データベース』(アドレスは http://www.nichibun.ac.jp/youkaidb/ 以下「妖怪DBと略す)の概要を紹介するものである。より詳しくは、平成11〜13年度文部省科学研究費補助金基盤研究(A)(1)研究成果報告書 課題番号11301010 日本における怪異・怪談及び妖怪文化に関する総合的研究 平成14年(2002)3月31日発行 研究代表者小松和彦(国際日本文化研究センター) 発行国際日本文化研究センター(京都市)と、同書に含まれている2本の論文、山田奨治「怪異伝承データベースの構築 ―計量妖怪学への道程―」、真鍋昌賢「怪異伝承の収集とカード化の過程」、および、小松和彦・常光徹・山田奨治・中山和久 2003 「異界へのいざない ―怪異・妖怪伝承データベースの試み―」『総研大ジャーナル』3号 総合研究大学院大学教育研究交流センター、中山和久 2002 「怪異・妖怪伝承データベースの焦点」『怪』第13号 角川書店などを参照されたい。
妖怪DBは、怪異や妖怪、異界にかかわる諸問題を解明するために開発された、研究の基礎的なツールである。平成11年7月以降、小松和彦の指導下で作成され、日本全国に伝承されている15,000件以上の事例を収録している。
小松らが妖怪DBを作成した目的は多岐に渡るが、人間を研究するための学術的な基礎資料を提供するという目的が根底にある。怪異や妖怪は、人間の心理や生活経験が色濃く反映された文化的産物であり、日本人の心や考え方、記憶、喜怒哀楽、思いを映す「鏡」のような存在であり、人間が生きるということはどういうことなのかという教えや、自然との共生をはかるための畏怖など、先人たちによって語り伝えられてきた知恵の結晶であることから、これらを元手として、人々の世界観や想像力の深層を明らかにしたいと考えたのである。
より具体的には、民俗学の調査などでこれまでに報告された怪異・妖怪の事例を網羅的に収集して、その全体像を把握するとともに、データベースとして構築することで情報検索性を高めて、世界中の研究者や一般市民に向けて広く公開することや、民俗学が有する豊饒な研究成果の蓄積を活用することを目的としている。インターネット(WWW)上で無料にて公開することで、いつでも・誰でも・どこからでも閲覧することができるため、より多くの人々に活用され、学問・研究の裾野を広げて水準を高め、新しい研究への道を開くことや、未来のクリエイターたちに多様な素材を提供すること、「心の文化財」を保存して後世に伝えることなども期待されている。
また、民俗学への貢献として、数量的な把握と分析を可能にすることで、事例を重ねる民俗学の方法論を強化し、質的研究と量的研究の両立による、より実証性の高い研究を実現するという目的もある。
データベースコンテンツの要件として最も重視されるべきは学術性・検索性・公共性の3点であろう。
学術性とは、空間的・時間的に幅広く事例を集めることで、データベースに必要な網羅性を確保することである。恣意的・偶発的なデータでは、信頼性と発展性が大きく損なわれてしまう。網羅性は困難であるとしても、少なくとも調査範囲を明確に設定することが必要であろう。ちなみに妖怪DBは調査範囲を、(1)民俗学が蓄積して来た研究成果として、竹田旦編 1978 『民俗学関係雑誌文献総覧』国書刊行会に収録された民俗学関係の雑誌261種(約1万冊)、(2)民俗誌に近い性格を有する江戸時代の随筆として、吉川弘文館 1975-78 『日本随筆大成』第1〜3期(全71巻)に収録された近世の随筆284篇(のちに『続日本随筆大成』も対象とした)に限定した。また、これらを閲覧して事例を収集する人員としては原則として修士以上を採用した。
検索性については、Namazuによる全文検索、地域を限定した検索、有名な妖怪からの検索、類似呼称検索システム(山田奨治が開発)を採用することで確保した。妖怪DBで評価すべき点は、収録した事例数の多さよりもむしろ、インデックスの明確さやフリーの検索ソフト導入などの運用形態にあるだろう。
公共性とは、研究成果の公開に留まらず、一般市民への還元の道筋を具体的に用意することである。研究のバリアフリー化と言えよう。一般市民による利用の便をはかるために、検索方法や学術用語を説明し、ツリー構造を単純化し、親しみやすいヴィジュアルとするなどの工夫がとられた。公開直後のアクセスは約4万件/日あり、中には興味本位もあっただろうが、自分たちの郷土の歴史や昔の人々の生活など、日本文化の生の姿をより詳しく、より深く知りたいという声もあった。国民の税金が多く投入されている研究機関と研究者に対しては、広報のみならず時に「宣伝」も行う積極的な努力が一層求められているだろう。
妖怪DBに収めるべき事例としては、伝説や世間話、体験談、物語、俗信などの報告に登場する「怪異」「妖怪」の現象を対象とした。「口裂け女」「トイレの花子さん」「首無しライダー」など、異界についての語りや、不思議な能力を持った「もののけ」や「化け物」「変化・魔性の物」が登場する話を収録したのである。
作業者の間で問題となったのが、何が「怪」なのか? という点である。これについては、ある人が、ある所で、不思議だ、奇妙だ、と思うような現象に遭遇し、神とか霊といった超自然的存在の仕業ではないかと判断した場合を「怪異・妖怪」と概念化した。網羅性を重視して、なるべく広義に採取することを心掛けたが、計量分析の質を担保するために、昔話のように明らかにフィクションと思われる話は除いた。
事例をデジタルデータ化する作業は、対象書誌を読み進めて事例を探し、該当部分をコピーしてカードに貼り付け、呼称や出典、地域、要約(100字程度)などを記入し、IDを打ち込み、業者に依頼してPDF化するとともに、呼称や要約を打ち込んでテキストデータ化した(当初は手書き→データ化であったが、のちにデータ入力→カード印刷とした)。
問題は、事例をストックしていくためのカードそのものの様式であるが、1つのカードにつき1つの事例を原則とし、書誌情報を明確にし、データの重複が出ないようIDの上3桁を書誌番号として連続打刻器を使用した。
なお、要約を作成したのは、著作権・版権を保護しながら、検索性能を高めるためである。カードには文献の切り抜きが含まれているため、カードそのものの公開は困難なのである(日文研内では試験的に公開している)。
妖怪DBの活用法は、各利用者の時々の意図によって、それこそ無限に挙げられるだろうが、民俗学にとって特に重要なのは、計量民俗学のデータ群および名彙辞典としての活用である。前者においては、事例群の連続性・非連続性はもちろん、呼称の分布状況や地域差、民俗学の活動状況までもが把握できる。また、後者においては、8,592カードに登場した呼称数が3,800を超えている。当然のことながら、妖怪DBを利用した民俗学者の研究は、数多くなされている。
民俗学研究とデータベースの活用
―福田アジオ編『柳田国男の世界 ―北小浦民俗誌を読む―』の場合など―
岩野邦康
広義のDB活用にはオペレーションシステムに必須であるファイルシステムの活用なども含まれる。今回はこのような観点から、民俗学研究における「デジタル化されたテキストデータの活用」について報告した。
人文社会科学では、川喜田二郎のKJ法や、梅棹忠夫の『知的生産の技術』(1969)など、IT化がすすむ以前から情報管理をめぐる技術の活用が注目されてきた。民俗学でも、柳田国男のカードシステムや語彙集の刊行に代表されるように、情報管理技術への関心は高かった。しかし多くの場合、情報管理への関心は、新しい技術の導入やその可能性に偏る傾向があり、長期的な運用のノウハウや、持続可能な可読性に関心がもたれることは少なかった。
民俗学では、複数の研究者による共同研究プロジェクト、個人の研究プロジェクトのほかに、複数人で民俗調査を行い調査報告書を刊行する共同調査プロジェクトが盛んにおこなわれてきた。これらそれぞれに、大規模なプロジェクトから個人レベルまでのDB活用の課題がある。今回報告する「北小浦研究会」の活動事例は、主要なメンバーが6人で約7年間行われた、比較的小規模な調査研究プロジェクトである。
■北小浦研究会発足の経緯と活動
北小浦研究会は、福田アジオとその指導下にあった大学院生(主なメンバーは6名)を中心に1995〜2002年まで活動していた自主研究会である〔福田編 2001,2002〕。当時のITをめぐる環境は、1980年代後半にひろく普及したNECのPC-9801シリーズやワープロ専用機が、マイクロソフトWindows環境へ移行していく時期であった。さらに、IT機器の購入予算などはなかったため、それぞれのメンバーのIT環境はばらばらであった。研究会はこのような状況で『北小浦民俗誌』を精読する作業と、両津市北小浦地区(現佐渡市)の民俗調査をおこなった。
『北小浦民俗誌』は柳田国男が1949(昭和24)年に発表した著作である。その評価は、柳田が唯一「民俗誌」と題した著作であることや、柳田自身は現地調査をせず、倉田一郎の現地調査をまとめた沿海採集手帖(以下、倉田手帖)の内容にもとづいて執筆したことなどから、大きく分かれている。評価に際しての大きな障害として、柳田自身が著作の中で出典や根拠を明記していない点があり、このような認識から篠原徹は倉田手帖との照合調査を行っていた〔篠原 1990〕。北小浦研究会では、篠原の調査成果を受けて『北小浦民俗誌』の記述全体について、倉田手帖のほか『佐渡海府方言集』や『沿海習俗語彙』などもあわせて照合作業をおこなった。研究会では、照合作業をレジュメ形式にして配布するために当時入手しやすかったロータス・ワードプロというワープロソフトを利用していた。ソフト自体の性能は高く、作業当時は問題なかったのだが、その後このソフトは市場競争に破れ、2010年現在、データのコンバートも含め、著しく可読性が下がってしまった。
研究会では、北小浦地区の民俗調査も同時期に行っていた。この調査は、期間を限った合同調査方式ではなく、メンバー各自が単独、あるいは少人数で現地調査をおこなって、そのデータを共有する方式で行われた。調査データは、各自のIT機器の環境が異なっていることなどから、テキストファイル形式で提出し、フロッピーディスクなどを利用して各自が複製をつくり参照する方式を採用した。提出時の決まりとして、ファイル名の付け方、ファイルの冒頭に被調査者・調査者に関係する情報を書き込むこと、1回(調査者と被調査者が相対した1回分)の調査の記録を1つのファイルにまとめるなど、最低限のルールのほかは自由に記述してよいこととした。テキストファイル形式にしたことにより、長期間の可読性が確保されたほか、テキストエディタの複数のファイルを一度に検索するgrep機能を活用することが可能となり、検索性や閲覧性が向上するメリットが生まれた。
■民俗学研究とDBの活用
『北小浦民俗誌』を精読する作業が可能であったのは、刊行物ベースの情報管理体制が整備されていることが前提にある。刊行物ベースの情報管理は安定しているといえる。一方で、DBの活用さらにはその前提であるデジタルデータの活用は、現状では研究者個人の短期的な利便性に傾きすぎており、長期間にわたって持続可能な可読性をどのように確保するかについての関心が薄いことが指摘できる。そのため、現段階では比較的安定的である単純なテキストデータをベースとした環境の、持続可能な可読性と利便性について、研究者が再認識することがもとめられる。デジタルデータを活用する際の利便性についても、フィールドノートや一次情報に近い定性・非定型データを、十分に普及した安定的な機能を組み合わせて活用していくことを重視し、大学教育のカリキュラムや初学者向けの入門書などで紹介していくべきだろう。
《参考文献》
- 篠原徹 1990 「世に遠い一つの小浦」国立歴史民族博物館研究報告第27集
- 福田アジオ編 2001 『柳田国男の世界 ―北小浦民俗誌を読む―』吉川弘文館
- 福田アジオ編 2002 『北小浦の民俗 ―柳田国男の世界を歩く―』吉川弘文館